November 9, 2010

Utada The Bestについて、雑感 2

更新がしばらくあいてしまいました。
この間に新しい情報も出ていますが、10/31に書いたものを分割してアップしているので、取りあえずそのまま流します。


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<「レパトア・オーナー」とは?/ 契約社会のアメリカ>


レパトア・オーナー Repertoire Ownerという仕組みについて、少しご説明しておきましょう。

Repertoireとは日本語風に読むと「レパートリー」、楽曲のことです。
例えば「マドンナはワーナーのアーティストだから、ワーナージャパンはマドンナの曲を好きに使えるんでしょ?」というようなことを良く聞かれます。レコード会社以外の音楽業界の人ですらそう誤解しています。しかしそうではありません。マドンナのレパトア・オーナーはワーナージャパンではなくワーナーアメリカだからです。基本的にはアーティストが活動拠点にしている国がレパトア・オーナーになります。そしてレパトア・オーナーは当然ですが絶大な権力を持っています。

例えば、宇多田さんの楽曲のレパトア・オーナーはEMIジャパンです。彼女のアルバムをEMIオーストラリアが独自のオーストラリア盤としてリリースしたいと思ったとしましょう。その場合、オーストラリアはジャパンに許諾をもらう必要があります。
EMIジャパンは契約内容を確認し、所属事務所にお伺いを立て、アルバムタイトルやアートワーク(現地のニーズに合わせるために変えることはよくあります)、ボーナストラックの有無、価格や宣伝費及び宣伝の規模に至るまで、細かく審査をします。その上でアーティストのイメージに反していないか、そのアルバムをローカル盤としてリリースすることが、売り上げ及びアーティストのキャリアにプラスになるか、ということを踏まえて、許可を出します。
つまりレパトア・オーナーの許諾が降りない限り、同じEMIといえども、オーストラリアは何もできません。

また逆に、アメリカで、マイケル・ジャクソンのベスト盤が企画されたとしましょう。レパトア・オーナーはSONY MUSICアメリカ(のはずです)。
アメリカは各国のSONY MUSICにベスト盤を売るように指示できます(ワールドワイドでのプライオリティ・アーティストでない場合はこの限りではありません)。万が一SONY MUSICジャパンが「こないだも出したしこの内容じゃ売れないよ…」と思ったとしても、アメリカは全世界での販売戦略の一環として日本での売り上げをカウントに入れていますから、基本的に日本は拒否できません。レパトア・オーナーの指示通りにリリースするしかありません。
宣伝の内容や宣伝費の多寡についても指示を出されることがあります。「そんな露出は取れません」「そんなにお金は使えません」とはなかなか言えないので、現場は苦心してアメリカとの交渉にあたることになります。

さて、今回のケース。Utadaのレパトア・オーナーはアイランド・デフジャム、つまりユニバーサル・アメリカです。Utadaがワールドワイドのプライオリティ・アーティストかどうかは分かりませんが、日本のアーティストですし、前作実績から言ってもメイン・マーケットは日本です。

また、アーティストはレーベルと契約を結ぶ際「何年間で何枚リリースする」という約束をしていることが多いです。もちろんこれはオリジナルアルバムでカウントするのですが、様々な要素を考慮してベスト盤リリースで代替されることもあるそうです。

事情は全く分かりませんが、今回こういう問題が絡んでいた可能性もあります。

いずれにせよアイランド・デフジャムとしては「無期限活動休止を明言しているUtadaのレパトアを日本で最大限売れる戦略を考える」のが自然でしょう。そうなると、話題性の点でも、EMIのベストと同じ日にベスト盤をリリースするのがほとんど唯一のチョイスだったのだと思います。

そして日本のユニバーサルは、アーティストの意向やEMIジャパンとのお付き合い等でどれほど悩んだとしても、基本的にはレパトア・オーナーの指示通りにリリースする以外ないのです。

宇多田さんは「失礼なやり方なのでは」と指摘していますが、残念ながら、契約社会であるアメリカのアイランド・デフジャムが意に介することはないように思います。
逆に考えると、契約上不可能なことには彼らは手を出していないはずです。「失礼」と思ってしまうのは、実は日本人的な感覚なのかもしれません。

そしてリリースが決まれば日本の現場は必死で売る努力をするしかありません。売れなければレパトア・オーナーに詰められるからです。
前作実績や現在の市場動向などを分析した上で目標売り上げ枚数を決め、それに応じた宣伝費・販促費をかけ、マンパワーを投入します。
リリースに向けての仕込みは大詰めだったでしょう。そこにこの騒動。正直、現場の方々には心から同情します。
実はこの騒動が奏功して予約枚数が増えたとの報道もあります。しかし私のいう「同情」は売り上げ枚数がポイントではありません。

次回は「ビジネスとしての音楽」について、そして今回の件でつくづく考えさせられた「 ダイレクトなメディアの功罪」についてです。

>>Utada The Bestについて、雑感 3

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